岐阜県多治見市に、数多くの陶芸家や陶磁器デザイナーを輩出している陶磁器の研修施設「多治見市陶磁器意匠研究所(以下ishoken)」があります。現在活躍されている陶芸作家の経歴にもよく登場するこのishoken。実は、今回「旅するPottery」にご参加いただいている3名の作家もここの卒業生ということを伺い、興味を持ちました。ishokenが産地でどのような役割を果たしているのか、職員として人材育成に携わる駒井 正人(こまい まさと)さんにお話を伺わせていただきました。
mont et plume (以下mp) 今回プロジェクトにご参加いただいた作家の皆様をはじめ、ishokenでは才能ある作家の方々を多く輩出されていますね。どのような施設なのか教えていただけますか?
Masato Komai(以下K) 当所は、多治見市立の陶磁器試験研究機関として、陶磁器の試験研究やデザインなど業界の支援だけではなく美濃焼産地を背景にした独自の研修カリキュラムによる“人財”の育成を行ってきたのが一つの特色です。戦後すぐに “人財”育成機能を立ち上げ、多治見が商社の街として上絵付業が盛んなことから、絵付職人の養成からスタートしました。その後時代の変化によりデザインの必要性が高まり、 “人財”育成のカリキュラムが現在に近い形に変化していきました。 “人財”育成に力を入れる中で次第に陶磁器デザイナーや陶芸作家を輩出するようになり、卒業生が活躍することで、更に広く知られるようになりました。
mp) なるほど。時代とともに変化されてきたのですね。現在はどういう観点で人材育成をされているのですか?
K) 陶磁器産業が右肩上がりで成長した時代には、業界の役に立つ陶磁器デザイナーや技術者などが求められていたのですが、今は産業と文化の両面から美濃焼を担う “人財”の育成を目指しています。最盛期に比べ産業も縮小し変化が求められる中、芸術であれ産業であれ陶磁器は多治見のアイデンティであり、文化であると改めて感じます。どんどん若い人たちに多治見に来てもらい、これからの美濃焼を担う“人財”の育成をこの施設でできればと思っています。
ishoken内で展示されていたセラミックスラボ鹿島彩さん(研究生)の作品
mp) 美濃地方で作陶されている方の作風は様々ですが、ここではどのようなことを学べるのでしょうか?
K) ishokenでは“陶磁器のデザイン”をキーワードに自身の考える陶磁器の魅力に取り組んでもらいたいと考えています。研修課程は、陶磁器の基礎から学ぶことができるデザインコース・技術コースと上位コースのセラミックスラボの2コースがあり、どちらのコースも美濃焼産地を背景とした当所独自のカリキュラムを通して研修に取り組んでもらいます。特にデザインコース・技術コースでは、様々な課題を通して陶磁器に関わるデザイン力と表現力の習得を目指しています。その集大成として卒業制作では課題制作(食器)と自主制作に取り組みます。その卒業制作での取り組みがその後の各自の陶磁器との関わり方や制作へと繋がっていきます。
mp) 私たちも驚いたのですが、美濃焼は日本一の陶磁器生産量を誇るように、作家による作品から工場での工業品まで本当に色々なものがあるのですね。
K) そうですね。それだけ産地が大きいということであり、色々な側面があります。作家やメーカーさんなどの作り手以外にも「美濃焼をどうやって世界と繋げるか」というようなことにこの地で取り組む方などたくさんの人達が色々な形で活躍しています。
ishoken内「多治見市陶芸工房バンク展」に展示されていた三橋恵さん(卒業生)の作品
mp) 駒井さんご自身も作家でいらっしゃいますが、作家としてアドバイスをされるのでしょうか?
K) 当然アドバイスはしますが、それが本人にとってプラスばかりではないとも思うので、理想としては「教えず」に「学んでもらいたい」と考えています。アドバイスだけのやりとりではなくお互いの陶磁器に向き合う姿勢を理解し合える関係がいいですね。作家だろうが陶磁器デザイナーだろうが本当に自分のものを作るには自分で学んで成長するしかないわけで、その為には自分で経験したことでないと形にならない。結局は自分なりの「あ、これだ」と実感する経験が大事だと思います。
mp) 実際に制作に没頭されている学生の皆様を拝見して、ここには自分の作品と向き合える環境があるのだなと思いました。
K) 切磋琢磨できる仲間が周りにいることも大きいかもしれません。教えられたことだけを学ぶというよりも、仲間の中で揉まれて自分で気づいていくこと、その空気を吸いながら成長できることは良い環境だと思います。
mp) 美濃地方の出身ではない方もishokenで学び、この地域にて活動されていますね。
K) 長い歴史や伝統、産地の規模など色々な要素はあると思うのですが、美濃焼産地は多様性が大きな魅力だと思います。外の人や情報を積極的に受け入れるオープンな雰囲気があり開放的な産地なのだと思います。他県から多治見に移住した私の実感です。これは陶磁器関係の人たちだけではなく市民の皆さんや街自体の陶磁器に対する理解の深さでもあると思います。
mp) 他の産地に比べて若い作家が多く活躍されているように感じます。
K) 毎年卒業生の7割くらいは、陶磁器関係への就職や作家活動など美濃に残ってそれぞれの活動をスタートします。理由は、企業・原料・人・情報など焼き物を作るのに必要な充実した環境が整っていること。そして美濃焼産地ならではの人同士の繋がりが魅力だからではないでしょうか。例えば、独立して窯を構えるのは大変ですが、卒業生から代々引き継がれている工房があることや、地元の方々の理解があり様々な面で応援してもらえる環境があること。先輩・後輩とのつながりも強くそのネットワークがあったりと、薪窯を炊くという先輩がいれば、人手が必要なので声をかけてもらって手伝ったり見せてもらったりと輪が広がっていくこともあります。産地にいないとできない交流があると思います。
mp) 海外から学びに来ている方もいらっしゃるようですね。
K) 6年前から積極的に外国人研究生も受け入れています。海外への発信としては、美濃から世界へ焼き物の文化を発信する「国際陶磁器フェスティバル」を岐阜県と多治見市・土岐市・瑞浪市(現在はさらに可児市も加わる)で30年以上前から行っています。国際的に大きな陶磁器のコンペティションなので(イタリア・台湾・韓国・日本で行っている)、海外の作家には「MINO」や「TAJIMI」はとてもよく知られています。
後編へつづく
(取材は2020年12月に行いました)
<profile>
駒井正人 Masato Komai
1980 山梨県出身
2003 早稲田大学商学部 卒業
2005 多治見市陶磁器意匠研究所 修了
現在 多治見市陶磁器意匠研究所 職員
https://www.city.tajimi.lg.jp/ishoken/index.html
聞き手:mont et plume
Writing : Sayaka Yamamoto
Photo: Ikumi Hane